こんにちは。「偽りの平和主義」シリーズが無事完結し、次は何の記事を書こうかな…と思ったところで、そうだ、ハンナ・アーレントに関する話題を扱っていこうということで、新シリーズを書き始めようと考えたのですが、だいぶ文章がつまらなくなったり、書いているうちに退屈になったりして、いつもの調子が出ないので、今後は「偽りの平和主義」とは異なる、「定期更新」という形で、形式が少し緩いシリーズを書き始めていこうと思います。
その名も「ロゴスと情報戦」。
2020年のコロナ危機から始まった、米中両国の情報戦は世界を巻き込み、そして日米など言論統制が行われていない国家は、その反面誤情報が頻繁に流通するようになりました。しかし、このような「誤情報」、あるいは「偏向」が仮にあったとしても、それを理性でもって解析していけば、必ず素人でも判別できるのではと考えました。このシリーズでは、情報戦を論理で制するための参考として、読んでいただければ幸いです。
さて、早速本題に入っていきましょう。
まず、こちらの記事をご覧ください。
5月23日、ヨーロッパ最後の独裁国家とされるベラルーシの政府が、上空を飛行していた旅客機を、爆破される恐れがあるとして緊急着陸させ、そして実はそこに登場していた反体制派のロマン・プロタセビチ氏が、緊急着陸後に拘束されてしまったのです。
「爆破」の情報は永世中立国として知られるスイスからもたらされたと、ベラルーシのルカシェンコ大統領は主張し、さらに爆破は、今問題になっている、パレスチナのガザ地区を支配しているイスラム原理主義組織「ハマス」による試みだとしました。しかし、爆破予告時間などに関して、当局の発表自体に矛盾している箇所が多く、その反体制派のプロタセビチ氏を拘束するための手段としての緊急着陸だったことは明らかで、もちろん現在危険物は機内から発見されていません。
一方で、ロシアのプーチン大統領とルカシェンコ大統領はその直後に会談し、その会談の中でプーチンは、かつて2013年ボリビアの大統領の搭乗機が、米国の要請でオーストリアに着陸させられたことを挙げ、ルカシェンコを擁護した形となりました。
この記事も参照にしてください。
このように、プーチンとルカシェンコは、欧米も同じことをやっているではないか、と今回の件での欧米からの批判をそらすことをアピールしたのです。
ベラルーシやロシアだけでなく、こういった独裁国家の首脳たちの政治的なアピールは、多くは自国の独裁体制や強権的な支配を正当化し、批判をそらすものです。しかし、これらは、ボリビアの件とプロタセビチ氏の件については、「緊急着陸」「搭乗者に関連」という点が似ているだけで、他の点(事件の背景、関与した国など)や、事件を取り巻く構図が全く違うのです。
このように、情報戦を駆使する勢力は、一見よく似ていて実は全く異なる2つの事実を挙げて、安易な大衆の心を引き寄せようとするのです。これが、情報で一般人を欺瞞する独裁国家のする典型的な例です。しかし少し深く考えてみれば、そのトリックをすぐに暴けるはずです。こういったところに、彼らの破綻すべきロゴスの急所があるのです。
念のため、もう一つ例を挙げましょう。
周知のとおり、2021.1.6に、米国の議事堂に大勢のトランプ支持者が侵入して、多数の議事堂の機材や財産が破壊されるという事件が起きました。この件について、日本を始めとする世界各国の政府がこれを非難する中で、中国政府は「香港の暴徒(2019年逃亡犯条例に対して抗議し、立法会を占拠したデモ隊)を民主主義の英雄と呼んで美化したのに対し、今回の事件を暴動として非難するのは二重基準だ」という趣旨の声明も加えたのです。
しかし、これも同じで、2つの「香港立法会占拠」と「連邦議会議事堂占拠」は一見言葉面だけみると、似ているようにも見えますが、事件の背景を巡る構図が全く違います。
まず、香港立法会など多くの香港の統治機関は、この時点でだいぶ民主的な選挙が制限され、とても民意を尊重した議論がそこで行われるなんてことは絶望的でした。それに対して、米国の議会と言えば自由競争による複数政党制の、きちんとした民主的政治制度が整っていましたから、二つの「議会」といってもだいぶ意味合いが異なるわけです。
そして重要なのは、この2つの議事場に侵入した勢力が、民主主義を樹立するための勢力なのか、毀損するための勢力なのかで、くっきり二つに分かれるということです。後者の連邦議会の件に関しては、権力者である当時の大統領トランプが、彼らを扇動したわけですから、言わば官製暴動である文化大革命の方が構図が近いと思います。
「対比」というのは重要な文学的表現技法のひとつですが、たびたび大衆を欺瞞するために、極端に似た点だけを強調するモノが見受けられます。こういった悪しき話術は、論理的思考で排除することが可能です。情報社会で賢く生きるための術・第1回でした。
(2021.5.29)
(2021.6.29追記)
こちらの記事をご覧ください。
フォーブス:中国国営メディアが反撃、「米国はトランプを弾圧している」
この記事は、見事に中国政府の宣伝の穴、つまり「一括対比」には致命的な論理の穴が存在することを示しています。
具体的には、中国国営メディアは「トランプの主要SNSが全て凍結され、ネットから締め出された」と「香港の蘋果日報廃刊」を対比して、なぜ現在のバイデン政権は後者を批判して、前者を批判しないのか、と米国の「二重基準」を宣伝したかったのでしょう。
しかし、その記事は「しかし、Xijin編集長は、重要なポイントを見逃している。」として、その「一括対比」が単なる月とすっぽんの比較だと解説しているのです。具体的に、似ているとされた2つの事実が、実際はどう違うのかというのは、この記事で述べられていることなので、ここでは省きたいと思います。
実は、Yahoo!ニュースに上がっている各報道社の記事の中にも、僕のブログのように、中国政府の意見に直接かつ論理的に批判するというのは少なかったのですが、この記事を見て安心しました。これらの点で、この記事はかなり優れているなと感じます。
(2022.11.11追記)
本記事を始めとする「ロゴスと情報戦」シリーズおよび「未来時事ノート」シリーズは、「未来ノートコラム」に再編されました。
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