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2021年5月16日日曜日

【偽りの平和主義と戦う】要約

 僕の全10回にわたってまとめ上げた「偽りの平和主義と戦う」シリーズなのですが、文章量が非常に多く、いちいち読むのがめんどくさいという人のために、要約文を作ってみました。

この要約文には、第1回から第9回までの記事の最後にある「まとめ①から⑨」を軸として作られた、結論だけの文章が載っています。当然、その結論に至るまでの様々な論理は、この記事では省かせていただいているので、ご了承ください。もし、詳細を知りたければ、その該当記事を読んでください。

【偽りの平和主義と戦う 最終回】希望

 さて、前回は、現在の米中対立の構図が、おおまかに見れば「自由主義国家」対「人権弾圧国家」の対立であり、後者は、かつてレーガンが言ったような「悪の帝国」である中華人民共和国が含まれるということをお伝えしました。

そして、この回において私の言いたいことといえば、それは米中対立ないし米中冷戦が、戦争に発展する可能性があるということです。具体的にどのような経緯で戦争が発生するのか、予想されるシナリオを紹介します。

2021年5月10日月曜日

【偽りの平和主義と戦う 第9回】米中対立をどう見るか

 2017年に米国大統領に就任したトランプ氏は、自国第一主義や反グローバリズムを掲げ、それによってEUなどのヨーロッパ諸国との関係が冷え込んでいきました。特に、ドイツの首相であるアンゲラ・メルケルは、彼を厳しく批判したのです。

そして、2020年。中国から広まったとされる感染症COVID-19が、米国にも到達して広まるようになると、今度はトランプ大統領(当時)は次第に中国共産党や中華人民共和国の政府などの、「隠ぺい体質」を批判するようになってきました。そうして、貿易問題から米中の対立がエスカレートしてきたのです。

そうなると、これまで米国と距離をとってきたEU諸国もうんざりです。両国の関係「悪化」に巻き込まれたくなかったからです。多くの、こういったEUなどの国々は、これを超大国同士の醜い争い、すなわち新冷戦と捉えた訳です。

2021年5月9日日曜日

【偽りの平和主義と戦う 第8回】平和運動の幻想

 第2回と第6回で挙げた、2021.2.1に発生したミャンマーでの国軍によるクーデターへの、国際社会の反応は、非常に厳しいものでした。日本、米国、そしてインドは、アウンサン・スー・チー国家顧問率いる民主政権(NLD政権)を支持する主旨の声明を出し、国際連合のアントニオ・グテーレス事務総長は、クーデターを確実に失敗させるという決意をにじませました(2/4)。実際に、国軍は治安維持という名目で、これに抗議する大勢の人々を殺害し、自由を弾圧していたのです。このように非常に異常なことがミャンマーで発生している中で、それでも反応しなかった国・組織が2つあります。

2021年5月6日木曜日

【偽りの平和主義と戦う 第7回】民主主義の覚醒

 さて、前回僕が言いたかったのは、もし自分の住んでいる国が独裁国家になった時に、独裁者が武力を用いて我々の自由を奪おうとするのなら、まわりの人たちと一緒に武器をとって彼らに抵抗するべきだ、ということでした。

でも、やはり暴力を使うのは気が引けるところですよね。暴力を使って、抵抗して死んでしまったら元も子もないとあなたは思うのではないでしょうか。更には、暴力を使えば当然相手側にも死傷者が出たりして、平和的精神に反するのではと思いますよね。

でも、あなたがそう思うのは、もしかしたらこの平和で自由が維持されているこの国・日本にずっと住んでいて、それが当たり前だということに慣れてしまい、自由や民主主義のありがたみが薄れてきてるからではありませんか?

2021年5月5日水曜日

【偽りの平和主義と戦う 第6回】自由人の力

 前回は、独裁者が誕生するには、次の2通りがあるかと言って紹介したと思います。

1.人々の絶大な支持を得て、権力を握った者
2.圧倒的な力を背景に、権力を握った者

今回は、このうちの「2」についてと、結局その独裁者から、われわれが人間らしく生きるために必要な「自由」と「民主主義」をどのようにして守ればいいのか、どのような信条を以って守ればいいのかということについて、実例を通じて、僕自身の説明したいと思います。

2021年5月4日火曜日

【偽りの平和主義と戦う 第5回】独裁者に迎合する悪

 前回は、国の体制は、資本主義であろうと社会主義であろうと、とやかく人間ひとりひとりがみな人間らしく自由に生きられるか否かで良し悪しが決まってくる、といったような内容の説明をしました。そのうえで、第3回補足では、国の指導者や国家は独裁者であろうとそうでなかろうとに関わらず、国民に責任を負っている、といった趣旨の説明をしました。両回ご理解いただけたでしょうか。

今回は、もしあなたの住んでいる国が、独裁国家になってしまった時に、どうすればいいかというのを、私論ですが説明させていただきます。

2021年5月1日土曜日

【偽りの平和主義と戦う 第4回】各国のイデオロギー

※この記事は解説系が中心です。理解のある方はここを飛ばして次回を読んでも構いません。 

さて、前回はさまざまなイデオロギーのなかでも、特に自由主義は、世界の中でも最も普遍的な(=認められるべき)価値観(=イデオロギー)だということを紹介しました。この理由については、前回説明した通りになります。大雑把にいけば、人間は誰でも生まれた時からそれを持っていて、他人のせいでそれが奪われる、なんてことはとても不合理だから、ということになります。自由を奪われれば、人は人間らしく生きられません。なお、「自由主義」や「民主主義」が他のイデオロギーより秀ており、他の考えがみんなダメなんだ、ということでは全くありません。「普遍的」というのは、当たり前であるという意味で、「唯一」という意味ではないのです。

そして前回、「イデオロギー」には、「資本主義」「社会主義」「共産主義」など他にも様々なものがあると言いました。今回は、具体的にどこの国が、どのようなイデオロギーを掲げていたのかというのを説明して、分かり易くしたいと思っております。

2021年4月30日金曜日

【偽りの平和主義と戦う 第3回】補足:許される独裁者の要件

 第3回本文で、「知能を持たない人」を、政治の場から排除するために、一部「独裁」を取り入れて政治をするのは許されると説明しましたが、その「知能を持たない人」というのは主に大きく2つに分けられます。

1.未成年
2.発展途上国などで、教育を受けていない人

唐突に、「知能を持たない人」というと、何か差別を行っているのではないかとお思いになるかもしれませんが、そういう訳ではなく、具体的には上のような人たちを、まとめて「知能を持たない人」と表現させていただきました。全く頭が働かないような人々ではなく、先進国などにおける十分な水準の教育を完全に受けていないような人々を指しているのです。

【偽りの平和主義と戦う 第3回】人種とイデオロギー

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行が頂点にあるなか、中国共産党と中華人民共和国政府は、米国のトランプ大統領(当時)やポンぺイオ国務長官(当時)が、中国ウイグルにおけるウイグル人の強制収容や、香港での言論弾圧について厳しく追及していることに対して、「イデオロギーの偏見を捨て去るべきだ」などと反発しています。ここで気になるのが、「イデオロギー」という言葉です。イデオロギー、この言葉は、人によって解釈がずいぶん異なり、Wikipediaには美濃部達吉やマルクスが述べた「イデオロギー」という概念の解釈について書かれています。それはさておき、簡単に言ってしまえば、「イデオロギー」とは、「資本主義」「民主主義」「共産主義」などの「××主義」などといった感じのものと捉えてだいたい間違いないでしょう。

それを踏まえたうえで、中華人民共和国などの政府が頻繁に口にする、「イデオロギーの偏見を捨て去るべきだ」という発言の真意に迫っていきましょう。

2021年4月28日水曜日

【偽りの平和主義と戦う 第2回】国際連合と安全保障理事会

今の国際社会を語るうえで、国際連合という組織が欠かせなくなってきたのは、とうの昔のことでした。今や国際連合は地球を代表する「世界政府」としての役割を担っていると多くの人たちが認識しています。その例として、未来世界を描くSF作品では、国際連合を「世界連邦」だとか「地球連邦」だとかいって扱っているのがあります。

みなさんも国際連合は平和主義を掲げ、世界に平和をもたらした、なくてはならない組織ないし機関だと考えているのではないでしょうか。しかし、この国際連合の結成された歴史を見るに、本当にそうなのだろうかと僕は疑問に思うことがあるのです。

2021年4月25日日曜日

【偽りの平和主義と戦う 第1回】日本国憲法と自衛隊と冷戦

2019年ごろまでは、日本の中央政界、特に安倍晋三首相(当時)や自由民主党は、憲法改正、具体的には平和主義を定めた現行憲法第9条に、自衛隊を明記する、そういう改革を目指していました。そして2019年のゴールデンウィークには、翌年(2020年)には新憲法を施行したいというメッセージを彼が出すなどしました。

しかし、中国からの新型コロナウイルス感染症、今にいうCOVID-19が日本に流入すると、もうそれどころの話ではなくなりました。4月には緊急事態宣言も発出され、国民誰しもがそれへの対応を求めるようになると、憲法改正など既にどうでもいい話となり、世論調査を見る限り、国民の憲法改正への関心はほとんど無いようです。

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