中学高校で経験する勉強というものは、個人差はあるが、非常に過酷なものである。その過酷さを体験した層を中心として、「なぜこの科目を学ばなければならないのか」「この科目を学ぶ意義はあるのか」という声が、SNSという言論装置が一般開放された21世紀の現代に、多く耳にするようになった。
特に槍玉に挙げられるのが、古典と数学である。数学に関しては、「サインやコサインを成人して使う場面はあるのか」「微分法はいつ使うのか」といった、数学で高校時代に学んだことの実用性を疑問視する声が多い。彼らの気持ちとしては、過酷な勉学を経て得た成果を実感できないということを、大いに不満に思っているようだ。