2021年12月18日土曜日

二度死んだ少年、二度死ぬ男

 2021年12月17日、大阪駅近くの繁華街にある都市ビルの4階のクリニックで火事の手が上がり、火は30分ほどで消し止められたにも関わらず、ビルの階には一酸化炭素が充満し、結果多くが中毒で意識を失い、犠牲者の数は24人(記事公開時)まで上ったという悲惨なものであった。出火原因は今のところ放火の可能性が高く、61歳の男が患者としてクリニックに入った直後に、何か発火性のある液体をストーブの近くにばらまいて引火させたという。病院に搬送された人々の中にはその男も含まれており、重篤な状態だという。

2年前の7月に発生した京都アニメーション放火事件と今事件との共通する要素は多い。男が建物に入って液体を引火させたこと、そしてその男も重い火傷を負ったということ、大勢の人間が亡くなったということ…。このような重大事件が日本で、それも立て続けに起こったことに対する衝撃を隠せない人は多いだろう。

京都アニメーションへの放火事件に関しては、捜査が進んでいる。現在被告として裁判を待つ男は、事件が発生した際は受け答えがあったものの、その後火傷が全身に広がり、大阪の病院に搬送され、一時は死亡確率が90%を越えていたのにも関わらず、救命処置が行われ、そして半年ほどで意識が回復し、昨年5月に逮捕された。犠牲者が30人以上出たのにも関わらず、犯人に対して救命が施された京アニ事件に対しては、当然ながら批判も上がった。犯人のために手を尽くせるなら、もっとこの36人のために手を尽くせたのではないか、と。

もちろん、被害者への治療が、犯人への治療より優先的に行われたことは言うまでもない。限られた移植用皮膚は、被害者の火傷への処置にまず使われ、犯人の男へ回されたものは少なく、わずかに残った健康な皮膚を培養して、焼け爛れた皮膚に充てたという。死傷者合計69人のうち、半数近くの33人の被害者の命が救えたのも、大不幸中の幸いである。

しかし、一連の放火殺人事件の犠牲者の数は、36人に上り、日本の死刑判決を下す基準「永山基準」を参照すれば、ほぼ死刑が確実になる「被害者の数が3人以上」を大きく越えている以上、被告に極刑が下されるのは確実だと言わざるを得ない。事実、被告が治療されている間、彼に事件の犠牲者数は伝えられていなかった。入院中、意識が回復した被告の男が「どうせ死刑になる」と発言していたが、その時点では彼は犠牲者数を知らなかった。彼に回復する気力を持たせるためであった。

だがここでやはりもう一つ論争が発生する。極刑が確実な被告をなぜ医療は、日本の医療は生かしたのか、と。一方、そこで私が思い出したのが、漫画の巨匠である手塚治虫『ブラック・ジャック』のエピソードの一つ「二度死んだ少年」である。あらすじを紹介しよう。


父親殺しの罪で追われていたスラム街の少年がついに警察に追いつめられた。そこで少年はビルから投身自殺を図る。少年の死は確実に思えたが、まだ脳は生きていた。ニューヨーク警察は、奇遇にもそこを訪れていたブラック・ジャックに少年の執刀を依頼するが、彼は断る。そこで警察は、世界的な外科手術の権威であるケーブル教授に手術を依頼する。

ケーブルは金目当てで手術をするブラック・ジャックを軽蔑していた一方、自身の少年への外科手術は失敗し、脳死状態に陥る。ケーブルは自分の名誉を何とか守るために、軽蔑していたブラック・ジャックに内密で手術を依頼する。彼の執刀は見事に成功し、少年は脳死から意識が回復し、裁判に出る。

しかし、少年に下ったのは死刑の判決。これに対して、それを傍聴していたブラック・ジャックは憤慨し、

「この少年は、いったん死んだんだ。その死んだ少年をわざわざ生き返らせて助けたんだぞ。死刑にするため助けたんじゃない!! どうしてわざわざ二回も殺すんだ、なぜあのまま死なせてやれなかった!?」

と絶叫する。しかし、彼の叫びに判決を覆す力があるはずもなく迎えた死刑執行の日。少年は、最後に聞きたいこととして、誰が自分の裁判に怒鳴ったのかを刑務官に尋ねる。刑務官はブラック・ジャックの名を答える。すると、少年は彼に感謝の意を伝えるよう刑務官に言った。


いかがだったろうか。奇しくも京アニ事件の被告の男と重なる面が多い。しかも京都アニメーションの創業者である八田陽子氏は、かつて手塚アニメを制作する虫プロダクションに所属して仕上げ経験を積み、手塚本人にも師事したことがあるという。この京アニ事件も、今回のビル放火事件も、そして作中の事件も、背景には犯人の拡大自殺があると言えよう。そんな中、医療によって完全に「死にきれなかった」犯人が救命され、それでも死を以てしか己の罪を償う方法はない。その救命に意味はあったのだろうか。

ここに京アニ事件の被告の治療に当たった医師や医療への取材をした記事のリンクをいくつか貼っておく。少しでも、こうした医師の心情を理解することがまずは大切な事ではないか。※

今回の大阪ビル放火事件の犯人とされる男は、現在も治療を受けているという。救命がなされるか否かは別として、改めてなぜ生かしても罪に問うべきなのか、それとも死なせるべきだったのか、というのを考えさせられる。ただ、今回取り上げた作品である『二度死んだ少年』が全てではないと私は思う。

そう言えば、京アニ事件の被告の男が治療を受けた後、治療をした医師について、「人からこんなに優しくしてもらったことはなかった」と話しているそうだ。

(2021.12.18)


※記事のリンクに含まれる事件被告の本名は責任問題のリスク上伏せてある。リンク先にはその本名が記載されているのでご注意を。


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