2021年5月1日土曜日

【偽りの平和主義と戦う 第4回】各国のイデオロギー

※この記事は解説系が中心です。理解のある方はここを飛ばして次回を読んでも構いません。 

さて、前回はさまざまなイデオロギーのなかでも、特に自由主義は、世界の中でも最も普遍的な(=認められるべき)価値観(=イデオロギー)だということを紹介しました。この理由については、前回説明した通りになります。大雑把にいけば、人間は誰でも生まれた時からそれを持っていて、他人のせいでそれが奪われる、なんてことはとても不合理だから、ということになります。自由を奪われれば、人は人間らしく生きられません。なお、「自由主義」や「民主主義」が他のイデオロギーより秀ており、他の考えがみんなダメなんだ、ということでは全くありません。「普遍的」というのは、当たり前であるという意味で、「唯一」という意味ではないのです。

そして前回、「イデオロギー」には、「資本主義」「社会主義」「共産主義」など他にも様々なものがあると言いました。今回は、具体的にどこの国が、どのようなイデオロギーを掲げていたのかというのを説明して、分かり易くしたいと思っております。

まず、冷戦期に対立した、2つのイデオロギー、つまり資本主義と社会主義について見ていきましょう。資本主義を掲げたのが、米国を盟主とする陣営、社会主義を掲げたのがソ連を盟主とする陣営なのはよく知られたことです。

資本主義は、大雑把に言ってしまえば、国家の内外で、それぞれの人々や会社などが独立して競争しながら、商品を売り買いしたりして利益を得る、という社会の仕組みです。これによって、それぞれの個人や会社が、他の者より利益を得ようと日々努力しながら、物を生産したり消費したりするものです。しかし、これによって競争に買った者が会社の経営者、つまり資本家になり、競争に負けた者が会社で働く労働者になってしまうという、格差が発達した社会になってしまいました。なお、資本主義を「自由主義」と表現したりすることもありますが、「資本主義」とは若干意味が異なり、また前回紹介した「自由主義」と区別するために「『経済的』自由主義」などと言ったりします。

社会主義は、「共産主義」とも呼ばれますが、しかし、両者は少し違う意味なので注意してください。これは、資本主義の後に考案された社会の仕組みで、それぞれの個人や会社が独立して商品を売り買いするのではなく、その商品を売り買いするための、市場や工場、農場(これらを「生産手段」という)などをみんな「国家」が管理し、それを人々や会社に貸し与えて生産や利益を生み出すという仕組みです。そして、誰(どこ)に生産手段を与えたりするかは、国家が計画するのです。そして、どこでどのくらい生産して、誰が何をどのくらい買うかも国家が決めます。その結果、みんな平等に同じくらいの利益が入るという仕組みなのです。しかし、「今日はこれだけ作れ」と国家から作業内容を押し付けられた人々は、「結局どうせどのくらい働いても他の人ともうかる利益は同じなんでしょ」と思って、働く気が無くなります。すると、多くの人々が働かなくなり、物の生産がストップしてしまったのです。

結局は両方ともダメではないか、とも思いますが、それらの欠陥を正すために、これらのイデオロギーを掲げた各国(米国とかソ連とか)政府は、方向性を変えていくのです。

まず、ヨーロッパを中心とする資本主義国家は、貧しくなった労働者のために、社会保障制度を用意しました。その他、政府が積極的に市場にお金を支出する、つまり政府が物を売り買いしている個人や会社などのグループに割って入ることで、強力な財政支出を通して、貧困や恐慌など資本主義ならではの問題が起きた時に対処できるようにしたのです。また、もともと資本主義は、人々が自由に物を売り買いできるという「『政治的』自由主義」に基づいているので、より一層「民主主義」が発達するようになったのです。これを修正資本主義などといいます。

一方、社会主義を掲げたことにより、みんなのやる気が無くなり、生産がストップしてしまった社会主義国家は、人々のやる気を鼓舞するような、強い指導者を求めるようになりました。そして、人望の有る強い指導者に人々が権力を与えました。これにより人々のやる気は上がりましたが、前回説明したように、一度強い権力を手に入れた指導者は、次第にそれが手放せなくなり、(人々の言論の自由などを弾圧する)独裁者と化していくのです。その独裁者が死んでも、次の独裁者が選ばれるので、多くの社会主義国家は独裁国家と化していったのです。

このように、資本主義や社会主義の欠陥を正すために、各国の政府や国民が様々な修正を加えた結果、自然と資本主義国家は人権を尊重する民主主義国家に、社会主義国家には独裁者が登場して、自由や人権を弾圧する独裁国家となるのです。また、社会主義国家では、社会主義や共産主義以外のイデオロギーを認めないので、その国に存在を認められる政党は、必然的に「社会主義/共産主義」などを掲げる政党だけになります。このような、政党を一つしか認めない制度を「一党制」、その政党が中心となったり、独裁者などを擁立して独裁政治を行うことを「一党独裁」と呼び、これはその「社会主義/共産主義」イデオロギーから発展したイデオロギーの一つです。

なお、全ての社会主義国家が独裁と化し、全ての資本主義国家が民主主義に傾くわけではありません。特に、資本主義国家でも、国自体が貧しかったりすると、人々が社会主義の時と同じように強い指導者を求めたりして、次第にそれがまた独裁者と化していくのです。分かり易い例にロシアがあります。ロシアはもともと、社会主義国家のボスであったソ連だったのですが、1991年にソ連は政治改革の失敗でまるごと瓦解し、その時に社会主義を放棄、つまり完全にやめた訳です。しかしそれで資本主義国家になった後も、ロシアは独裁が続いています。それは、ロシアがソ連が崩壊した後も貧しく、人々が独裁者プーチンを擁立させたからです。

問題は、資本主義か社会主義かどっちか、ではないと思います。重要なのは人権。人々の生まれながらの権利、つまり人権や自由を存分享受でき、国民が人間らしく生きられる制度ならぶっちゃけ何でもいい訳です。

それを土台にしたうえで、どちらの制度が理に適っているかを考えるべきです。


第3回の膨らんだ内容を、具体的な資本主義・社会主義というイデオロギーを持ち出して「イデオロギー」とはどんなものなのか実感していただければ幸いです。といったところで今回はまとめです。

まとめ④

  1. 「自由主義」というイデオロギーは、その中で人々が人間らしく生きる権利を保障している。今まで人類が考案したイデオロギーの中でも最も認められるべき価値観なのではないか。
  2. 資本主義や、社会主義などは考案された当初の仕組みで行うと、必ず後から欠陥が出て来た。それらを改良する過程で、資本主義国家は次第に民主化社会主義国家は次第に独裁化する傾向が強まった。しかし、必ずしもそうという訳ではない。
  3. 結局は、問題は、それぞれのイデオロギーの中で、人間が自由に生きられるかそうでないかということになる。
(2021.3.15)

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