2021年6月7日月曜日

見えない全体主義の心【未来ノートコラムA・第2回】

 昨年の大統領選挙では、民主党のバイデン前副大統領と共和党で現職のトランプ大統領(当時)が、接戦を展開した中、事前の世論調査で優勢であったバイデンが、300票以上の選挙人票を獲得して勝利しました。一方で、トランプの陣営は、一般投票、特に勝敗が途中で逆転することとなった「ラストベルト」地域やアリゾナ州で、バイデン陣営による不正があったと主張し、法廷闘争に打って出ました。しかし、どこの裁判所でも、証拠不十分として訴訟は却下されました。

そして、意外に知られていなかった、大統領を連邦議会で正式に選出する「1月6日」に、議事堂を暴徒が襲いました。暴徒はあろうことか、議事堂の奥まで侵入し、多数の財産を損壊させたほか、議事に多大なる影響を与えました。直前には、集会のため、バイデンの勝利を認めず不正選挙を主張するトランプとその支持者たちが集会を行うため、議事堂の周辺に集結していました。

ここまでは間違いなく確定的な真実と捉えて問題ないでしょう。ここからは、これらの一連の流れについて、僕の所見を、まあ今までも他の記事で述べてきましたが、総括してまとめていこうと思います。


1.トランプ支持者の主張

まず、不正選挙があったかどうかについてなんですが、これについては無い可能性が高いでしょう。有名なものとして、トランプの側近であるピーター・ナバロの不正選挙の事実を証明する通称「ナバロ報告書」という文書があります。ただ、これについては少なくともワシントン・ポストが、その欠陥点について検証しているという情報があり、明確に不正の事実を証明しているようではなさそうです。ただ僕自身、まだそれを得られておらず、これについての検証はもう少し後にじっくりやろうと思っているので、明確な結論は保留しておきます。

今回中心となって検証してみたいのが、不正選挙を主張するトランプの支持者の動向についてです。一般に、先に説明した連邦議会襲撃事件の犯人集団は、トランプの「過激な」支持者だと言われていて、彼らについて心理や主張を検証していくのは、とても有効だと考えたからです。

早速ですが、トランプやその支持者の主な選挙や事件にまつわる主張(バイデン就任前時点)について、ここに挙げていきましょう。(A

  1. 大統領選挙ではトランプが大勝したが、バイデン陣営による大掛かりな不正で、勝利は奪われることとなった
  2. 不正選挙の事実は、民主党が操作している大手マスコミによって覆い隠された
  3. 不正選挙の事実は、民主党や、トランプと敵対する中国共産党が米国のあらゆる所に浸透して、覆い隠された
  4. バイデンや民主党は、中国共産党や大手企業トップと結託して、世界を我が物にしようとしている(or バイデンや民主党は彼らの言いなりである)バイデンの当選は世界がグローバリスト(or 中国共産党)に支配されることを意味する
  5. バイデンなど民主党の高官たちが所属するのは、米国政府の裏に存在する闇の政府(ディープ・ステート、DS)などの秘密結社であり、トランプは自由と民主主義を守るため、彼らと最前線で戦っており、いずれ来たるトランプの反撃の日に、彼らは全員逮捕され、処刑される

このほかにも、次のような主張があります。(B

  1. 2020年夏に発生したブラックライブズマター(BLM)運動は、極左集団ANTIFAによる陰謀であり、トランプは国内のあらゆる人種や文化の国民を愛して、国のために日々職務を遂行している
  2. 1月6日の連邦議会襲撃事件の主犯はANTIFAであり、彼らがトランプ支持者を装って議事堂に侵入した(or トランプ支持者を煽って中に入れた)
  3. バイデンは1月20日の大統領就任日には既に逮捕されており(or 処刑されており)、今テレビに出て職務を行っているのは偽物である(or 刑務所の中でやらされている)

などなどで、過激具合によって、それぞれのトランプ支持者が信じるか信じないかは分かれているようです。A5やB3は「Qアノン」と呼ばれ、匿名の発信者「Q」が提唱している説です。ただ、多くは予想が外れており、最近の活動は皆無です。しかし、今でも多くの人、少なくとも一部の日本人はこれを信じています。

今あげた主張を信じるトランプ支持者の分布は、米国の他に、特に日本に多いと言われています。

今のA1やA2、A3についてはトランプ支持者なら誰でも大体信じているのです。これを信じている人たちは、先ほど述べた「ナバロ報告書」などの「証拠」が、彼らに自信を保持させているのです。

とは言え、これらの論理の根源である「不正の主張」は、選挙当日の目撃談などが最初ではなく、前々からトランプ自身が不正があるぞあるぞ…と予想していたのが始まりではないでしょうか。そこに今まで人類の歴史上行われてきた不正選挙との明確な違いがあります。

要するに、不自然なのは、不正選挙の主張が、始めは根拠なし(11月5日のトランプの会見からも分かるように)で、後から票が燃やされた、逆に数えられた、死者が投票しているなどの説が立つようになったことなのです。

この不自然さだけでは、トランプによる不正選挙主張がおかしいなんて断言は出来ませんが、不正に関するもっと具体的な(「大掛かり」に行われていたとする)証拠が、あれだけでは全然足りず、彼らの主張に何かしらの大きな物足りなさがあることは確かです。


2.トランプ支持者の特徴

突然ですが、ここでトランプ支持者たちの主張ではなく、彼らの特徴について、ここにリストアップしていきたいと思います。(C

  1. 自分側の非については認めることが少ない
  2. (人権侵害をしている)中国自体を責めるのではなく、「中共」として区別して非難する
  3. (根拠に乏しい)憶測は、楽観的な面が多い
  4. トランプを絶対的正義と規定する、半ば勧善懲悪的な事を話す

まず、C1についてです。彼らは、自分たち、特にトランプの言動については、批判したことはほとんどありません。少なくとも、ネット上の彼らの言動を見る限り、です。連邦議会襲撃事件についても、あれは明らかにトランプ支持者の仕業だろうなと当初想像していた僕は、B2の主張を見て驚愕しました。彼らは、トランプのしたあらゆることについて、それがトランプの立場を危うくするものであっても、例えば「独裁国家のロシアと仲良くしていたのは、実は演技で、ロシアと手を組むと見せかけて中共を包囲するためだった」と、トランプは1ミリ足りとも間違っていないという主張が目立ちます。

次に、C2についてです。これは、ポンペイオ前国務長官の発言形式が有名でしょう。彼は、「中国に住む一般の人々は悪くない。悪いのは残忍な独裁体制を敷いている中国共産党だ」として、「中国」「中共」という2つのワードを明確に区別しているのです。僕は、この考え方に共感して、最近までポンペイオと同じように、そうしていましたが、今になっては後述する理由で、特に区別を意識することはしていません。

C3とC4については、むしろQアノンの特徴と言った方がいいかもしれません。Qは、絶対にトランプが何らかの形で最終的に勝利すると予言しましたが、当たるはずもなく、現在はほぼ活動が止まっています。トランプは正しいのだからと言って、結局は現実世界に(終わりが最初から決まっている)勧善懲悪の物語を嵌めこんでいたわけです。

ここまで、トランプの支持者たちは、トランプと自分たちは自由と民主主義を守るために、闇の政府たちと戦っているという物語を精神的な論理を軸に、さまざまな活動をしていました。ただ、ここで僕は議論に転換をもたらすため、言っておかなければならないことがあります。それは、彼らトランプ支持者が全体主義的だとうことです。


3.見えない全体主義と結束

前章で挙げたC1~C4がトランプ支持者の大まかな特質を表していますが、これはナチス・ドイツに代表されるような全体主義社会に生きた人々に通じる場面が多いようです。

C1「自分たちの非を認めない」ことは、自分たちがいる集団が絶対正しいと定めることを意味し、多くの場合それに相反する意見は排除されがちです。というより、そもそも相反する意見を言わない、言ってはいけないというムードが出来てきているので、誰も言わない、言いたくないのです。これによって、自然に「意見がただ一つで、それが唯一の正しいもの」という状況が生まれてきます。

続いて、C2「『中共』と中国を区別して非難する」ことについて、これは独裁国家に住む人を擁護しているように見えますが、果たして「中共」が全ての悪(ウイグルや香港での人権侵害・弾圧)の根源なのかというと疑問が生じます。少なくとも、中国共産党には一般市民(と言ってもエリート層)が末端組織として所属しているようで(それや諸外国に比べて日本は「政党に所属している」ことが珍しすぎる)、党員は1億人を下回る程度です。このような、全体主義的な悪(アーレントの言う「悪」)に参加しているのは、中国共産党だと言えば、範囲が広すぎるし、最高指導者である習近平だと言えば範囲が狭すぎるのです。

中国の行為を批判する人々にとって、確かに「中共」は「人権侵害を行っている組織」と見れば、非常に分かり易いのですが、中国大陸は言論統制によって、大幅に自由な言論が制限されており、真相を究明するのは困難な事です。もっと言えば、人権侵害を行っている「主体」を、中国共産党に限定するのは不正確すぎて、どうもトランプ支持者たちなどは、(彼らにとって)分かり易い「主体」を規定することで、自分たちの結束を図っているように見えるのです。これは、自分たちの「絶対的な敵」を規定することにつながります(注)

(注)中国政府がウイグルやチベットで人権侵害を行っていることを否定しているわけではありません。現状では、中国共産党員がどれだけウイグルやチベット、モンゴルの人権侵害・同化政策に加担しているかは分かりません。ただ、正確性と分かり易さ、受容性を考慮して、僕は基本「中国(政府)」表記でいきたいと思います。

そしてC3について、これは「トランプは正しいから、最後には必ず勝つ」という勧善懲悪の物語を意識した妄想から発展して、万事においてトランプたちにとって楽観的な予測をするようになったと考えられます。例えば、バイデンたちが逮捕されて、死刑になるというのは、よく考えれば虚構だというのは明らかなはずなのに、彼らはQアノン支持者を中心に、それに魅了されて信じ込んでしまったわけです。

C1~C4を総合的にみると、トランプ支持者は絶対的に正しい、否定し得ない対象として「トランプ」を設定し、絶対悪を「グローバリスト」、「闇の政府」や「中共」と設定しているわけです。でもそもそも「闇の政府」が存在するのは虚構だということも明からさまです。彼らは、当初(大統領選前後)はそれでもまだ合理的な主張を為してきましたが、バイデンの勝利が確定的なものとなり、連邦議会襲撃事件が起こり、実際にバイデンが大統領になったりなど、時を経るうちに、もういちど穏健的になる者と、更に過激になる者とに分かれてきました。後者は、既に物事を理性的な目で見る心を失っています。

もともとトランプ支持者は「一般的な」どこにでもいる人(白人労働者とか、日本では保守派かな)だったはずです。しかし、彼らに不都合なことが発生することで、彼らには不満がたまり、そしてその不満を消し去ってくれる、不正選挙主張や、あるいはQアノンと言った陰謀論が、彼らをたちまち魅了し虜にするわけです。

このように、どこにでもいる人が、理性を失い、平時からしてみればおかしな言動を繰り返していく現象、絶対的な善悪を決定する現象は、かつて1930年代にナチ党が台頭した時代のドイツにもあったことにお気づきでしょうか。ナチ党支持者は、恐慌下でも比較的裕福な国内のユダヤ人に嫉妬し、そんななか登場したヒトラーは、「ユダヤ人の世界征服計画」という根拠のない陰謀論を提示し、絶対的な正義として「ヒトラー」を、悪として「ユダヤ人」を設定したわけです。

全てヒトラーが悪いのではありません。責任は、これの独裁を許し、思考停止に陥って大衆と化した、当時のドイツ人にもあるのです。このような、一概に独裁者を悪の起源と捉えない説は、近年だんだん明らかになってきた、全体主義の起源に迫るための革新的かつ画期的で、核心を突いた考え方だと僕は思います。

現在、米国や日本のトランプ支持層の間では皮肉な現象が起きています。トランプ(政権)は、2020年以降、中国大陸で発生している共産党政府による、少数民族や言論への弾圧、中国国内の全体主義を批判してきました。これは、バイデン政権になっても変わっていません。一方で、トランプ支持者たちは、バイデン率いる民主党とマスコミや大手企業経営陣がタッグを組んで、米国や世界の複数性(多様な意見があること)を打破しようとしていると指摘します。そして、これをグローバリズム的な全体主義だとして批判しています。

ただ、今現在、トランプやその支持者がグローバリストや中国の共産党政府を全体主義だとして批判する中、今度は彼らの間で全体主義的風潮が生まれて来たのです。彼らは、グローバリストのような全体主義を批判し、グローバリストたちを「悪」と規定しながら、自分たちの正しさや素晴らしさを互いに肯定しあうという業を行っています(Cを参照)。このように、本来は全体主義の批判者のはずであった人たちの間で全体主義的文化が生まれる現象が起こり得るのです。

そうなると、もう、彼らトランプ支持者は、自分たちが全体主義的思考に陥っていると自覚し、理性的な思考を取り戻さない限り、他の全体主義を批判する資格はありません。


取り合えずここでひと段落たったので、まとめたいと思います。

まとめ
  1. トランプやその支持者が主張する様々な説に、何らかの物足りなさがあることは確かなものではないか。
  2. トランプ支持者は、あまり自分側の事について非を認めたがらず、何か絶対的に正しいものと誤ったものの存在を求めようとしている。これは、かつてのファシズムが成立したころのような、全体主義的風潮に似ている
  3. 本来なら、トランプ支持者は近年世界の統合を目指す動きをしているグローバリストたちを、全体主義的だとして批判する立場にあったが、現在一部の人々は、彼らの間でささやかれる、善悪二元論的な物語を信じ込んでおり、批判者が全体主義的特徴を帯びるという逆転現象が起きているのは確かだ。


(2021.6.6)

前回:戦狼外交の転換は何をもたらすのか

次回:論破するって何?


(2021.6.28追記)

下の記事を見てください。

ビジネスインサイダー:トランプ前大統領、デモ参加者を「撃て」と何度も米軍高官に提案か

トランプのデモに対する強権的な姿勢は、政権当時から懸念されたものでしたが、ともかくWSJの記者であるベンダー氏によって、この事実は明らかになりました。トランプは、昨年のミネアポリスの事件に端を発して起きた、自らをも批判するBLMなどを始めとするデモに対して、積極的に国家の軍事力を導入し、平和的なデモに対してもまで国民に銃を向けようとしたのです。

これは、米国の民主主義を損ねるどころか、実行されたとすれば、中露に対して「人のこと言えないじゃないか」と罵られることになるのではないでしょうか。

残念ながら、現在の共和党の主流たるトランプ派は、このように表向きとは異なり、実際には民主主義や人権を軽視しているという背景が浮かび上がるものです。


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