2021年8月13日金曜日

【読書感想】民主主義とは何か 後

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この文章は、東京大学の教授である宇野重規教授の著書『民主主義とは何か』の、僕が読んだ感想を述べる記事の後編になります。感想記事の前編を読んでいない方は、まずはそちらをご覧ください。

なお、以下に掲げられている当書籍「宇野重規『民主主義とは何か』講談社2020」の本文の引用は、著作権法第32条で示されている引用の方法に乗っ取ったものであり、これらは全て論評目的で行われていることを、ここに添えておきます。引用部分は、数マスくらいインデントを下げています。


民主主義が直面する「四つの危機」とは?

この本では、「はじめに」にあるような、民主主義の本当の意味を問うような問いかけ以外にも、見所がたくさんあります。この本では、序章に挙げられている「民主主義が直面する四つの危機」を乗り越えるために、様々な話が進められていくのです。

著者は、現在21世紀において、民主主義が世界的に次のような危機に、しかも同時に直面していると指摘しています。

  • ポピュリズムの台頭
  • 独裁的指導者の増加
  • AI開発による、個人の無用化
  • COVID-19危機による民主主義への反動
これらの全ての危機を今民主主義は克服する必要があるようです。しかし、一方で、民主主義はこれまでの歴史上、何度も危機に直面しながら、それを乗り越えて、現在の日欧米の体制へと受け継がれているわけです。


ポピュリズムの台頭

著者は、民主主義が直面する危機の一つに、「ポピュリズムの台頭」を指摘しています。しかし、なぜかそれについて解説する前に、著者は、

しかしながら…… 、このようなポピュリズムを民主主義への脅威としてのみ捉えるのは一面的でしょう……。ポピュリズムには既成政治や既成エリートに対する大衆の異議申し立ての側面もあります。……ポピュリズムが提起した問題に対して民主主義も正面から取り組む必要があるのです。*1

とし、言わば「民主主義とポピュリズムは双子」のようだと主張していて、必ずしもいつも脅威だとは言っていません。ただ結局、著者はポピュリズムがもたらした、民主主義にとっての不幸や悲劇を列挙したうえで、「ポピュリズムを解消するために、その原因となる格差や不平等を解消させる」ことが重要だと述べました。つまり、重点的に対策をすべきなのは、ポピュリスト指導者自体ではなく、それを支持する人々に対して、ということになります。


独裁的指導者の増加

著者が「独裁的指導者」として挙げている者の中には、中国の習近平主席や、ロシアのプーチン大統領、北朝鮮の金正恩委員長(当時)だけではなく、米国のトランプ大統領(当時)もいました。

現代世界において、世界的に民主主義への懐疑感が広がっているのは事実です。中国大陸においては、2012年に政権が習近平に渡って以降、国内秩序が維持されたこと、国民生活が発展して安定したことを強調しながら、日欧米の議会制自由民主主義体制よりも、中国共産党による一党支配の方が優位に立つと宣伝されています。中国は、「自国の価値観を他国に押し付けない」と言いながら、一方で一帯一路の地域を中心に、現在の中国の体制に似た独裁的政治体制を推進しているのです。

現在、独裁体制の国家が増加していることは、未来ノートの記事「仲間を増やそう」でも、書き手が述べて来たので、そちらも参照願います。

それにしても、著者は更に

……グローバル化とAI(人工知能)による技術革新が進むなか、いち早く変化に対応し、迅速な判断を下すにあたっては、民主的国家よりもむしろ独裁的国家の方が好都合なのではないか。そのような声を聞くことも珍しくなくなってきました。……*2

と言います。つまり、民主主義的な「多数決」やら「合意形成」などの、物事を決める手続きには、時間がかかりすぎるので、いっそ賢い指導者に一存してビシバシ取り決めてもらえば、万事うまく行くという考えを持つ人が、民主主義国家の国民の間でも増えていると言います。

しかし、それは違うと、僕は断言することができます。簡単です。いつもその「指導者」が正しいとは限らないからです。僕は先ほど前編にて「多数派がいつも正しいとは限らない」と言いましたが、それなら尚更「指導者がいつも正しいとは限らない」のです。著者は当書籍の中で、民主主義の優位性を以下のように端的に示しています。

……短期的に見れば、独裁的手法が効果を持つことは十分にありえます。しかし、政治システム全体が長期的に発展するためには、民主主義の方がはるかに有効です。
その理由の第一は、民主主義が……人々の当事者意識を高め、そのエネルギーを引き出すということです。独裁体制の下では、人々が受動的になり、すべてを権力者に依存することになります。そのような仕組みが長期的に持続可能とは思われません。第二に、民主主義は多様性を許容する政治システムです。その前提にあるのは、政治や社会の問題についてつねに唯一の答えがあるわけではなく、多様なアイディアに基づく試行錯誤が不可欠であるという考えです。民主主義はしばしば誤った決定を下しますが、それを自己修正し、状況を立て直す能力をもつのも民主主義です。*3

我々一般国民が、街中でいきなり誰かに「あなた方の国の政治システムである民主主義体制が、なぜ独裁体制よりも優れているのか説明してください。」と言われた時は、上に引用した宇野教授の文章を示せばよいのです。


AI開発による、個人の無用化

なぜ「民主主義」という言葉と「AI」という言葉が結びつくのか。この見出しを見て疑問に思った方も多々いらっしゃると想定します。実は、AIの発展を始めとする現在の「技術革新」は第四次産業革命と呼ばれていて、蒸気機関による第一次、電力による第二次、そしてコンピュータによる第三次産業革命に続くものです。いずれの産業革命も、政治に多大な影響を与えていて、第四次産業革命もしかりということになります。

著者が本文で指摘している、将来的に第四次産業革命が導き得る悪いシナリオとしては、以下のようなものがあります。

  • AIが人々の雇用を奪う
  • AIが人類を支配する
  • AIの普及による人々の思考の外部化
  • 「寛容の原理」の破壊

まず、一つ目の「AIが人々の雇用を奪う」ことについてですが、これはよく社会の間で日常的に叫ばれていることのようです。ただ、「仕事を全部AIにやってもらえば、人間は仕事なくても稼げるから楽じゃん」と思う人もいると思います。ただこれは、単純すぎます。まず、AIに仕事を明け渡しても、それで無職になった人には収入は入りません。結局、AIが仕事を奪うことで得をするのは、AIを使うことのできる一部の有力者だけ、つまり彼らに利益が今まで以上に集中するのです。そうすると、職を失った人々は、社会に無用な者と化してしまうのです。

次に、二つ目の「AIが人類を支配する」ということですが、AIの知力が人智を上回るとなると、もはや人間は彼らを制御できなくなり、支配体制が逆転するのでは、ということです。この可能性は、著者がイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』内で為された「予言」を元に、紹介しています。本当に『ターミネーター』や『マトリックス』のようなことが起きてしまうのでしょうか。

更に、AIの発展によって、人々の思考力が削がれる可能性についてです。民主主義の基本というのは、一人ひとりが政治に参加し、一人ひとりの知恵のエネルギーを動員することにあります。ですから、集団の構成員一人ひとりが自分で「判断」することが重要になって来ます。しかし、人智を超えたAIがいることで、人々は自分で考えることをAIに任せ、あるいはAIに仕事を奪われたことで、もはや職に就くための「学び」が必要なくなるので、人々が学ばなくなります。

「思考」や「学び」は民主主義を支える重要な要素になって来ます。にも拘らず、それがAIの登場によって奪われることになると、民主主義の支えが消滅し、崩れやすくなります。

また、情報化が、民主主義に危機をもたらすことも、著者は指摘しています。人々は、SNSやインターネット上の閉鎖的な情報空間の中で、自分の欲しい情報だけを聞き、気に入らない情報や興味のない情報は聞き流すことが出来るのです。これにより、民主主義の中核要素である「他者の意見に寛容に耳を傾ける」言わば「寛容の原理」が出来なくなります。これも民主主義にとって相当な脅威になるのではないでしょうか。

ただ、このような技術革新が、民主主義にとって好都合の者になる可能性も、否定はできません。情報化社会だって、誰もが本を出版しなくても、情報を自分の意のままに発信できるようになったのだから、言わば「情報発信の民主化」と捉えるべきでしょう。更に、情報化社会は、人々の「知る権利」を強化しました。どういうことかというと、かつては図書館や学校に行かなければ手に入らなかった専門的な知識も、誰もが自宅にいながら電子機器で情報を探ることが出来るようになったというのです。

情報の発信と受信の双方で、「民主化」が行われたことには大きな意義があります。引き続き、第四次産業革命による技術革新が政治に与える影響に、注目する必要があります。


COVID-19危機による民主主義への反動

第四の危機は「コロナ禍と民主主義」です。最初に感染拡大が起こった中国大陸武漢では、当局による厳戒な感染対策の下、感染拡大を抑制した結果、今2021年の中国はCOVID-19に打ち勝ったと、中国政府は強調しているわけです。一方で、欧米をはじめとする民主主義国家は、100万人単位の感染者を出すなど、COVID-19への対応に苦慮しています。そうなると、民主主義体制よりも、独裁体制の方が、優れているのではないかと思う人々が出て来る訳です。

つまり、「独裁的指導者の増加」でも挙げられてきたように、このような危機に対してでも、独裁体制の方が迅速に、そして賢明に処置を行えるのではということです。また、独裁体制でなく民主主義国家でも、各国の首脳たちが、人々の権利を制限して対策を行うという場面が見られました。

著者は、コロナ禍によって民主主義が直面する危機には、このような「独裁体制の優位性が示される」他にも、「個人のデータを公権力が把握できる」「人々との間の物理的な距離を開けるよう要請された」ことも含まれるとしました。技術革新によって、GPSなどで個人の行動を追跡することで、感染経路を特定したり、人々が直接顔を合わせないことによって、人と人との「議論」が阻まれたりすることを、著者は懸念しています。民主主義には「議論」が重要であることは、僕は未来ノートの記事「論破するって何?」で述べています。

ただ、結局これも「独裁的指導者の増加」で触れられた通り、独裁体制は短期的な視点で見れば、一定の効果を生じさせますが、長期的に見れば、民主主義の利点が輝き、民主主義は必ずや勝るのです。民主主義が優れているのは、やはり持続可能だということにあるでしょう。

こういった、中国のような独裁体制の下の感染対策に魅力を感じてしまう人は、かなり短期的な視点に囚われています。時代をはるか先、十年二十年三十年単位で望みたいのであれば、こうした独裁体制への傾倒は非常に浅はかな物なのです。


終わりに

以上の4つが、著者が紹介している民主主義が直面する危機です。これに対する著者の見解を、僕の感想もところどころに交えて説明いたしました。著者の宇野重規教授は、いつだって「民主主義を信じる」ことを貫いています。古代ギリシアでの誕生から、欧米諸国に見られた議会制民主主義まで、民主主義は時代を経るにつれて変化していくことを忘れてはいけません。その中で、民主主義をどう解釈していくべきか、それは個人一人ひとりが考えるべき課題です。

この本は民主主義を網羅するような内容ですし、ここでは簡単に一部の内容を掻い摘んで、僕の感想と解釈を入れましたが、とにかく我々民主主義国家日本に生きる国民は、一度でもいいから、民主主義とは何かを知るために、読んでみることを強くお勧めします。

(2021.8.13)


引用

(*1)同書p20

(*2)同書p25-26

(*3)同書p258-259


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