2022年3月31日木曜日

さようなら、ドラえもん【ドラえもん傑作ファイル・第11回】

 今回紹介するのは、言わずと知れた超名作『さようなら、ドラえもん』。続編の『帰ってきたドラえもん』と合わせて『ドラえもん』最大の感動作と評価される。

●基本データ
初出:「小学三年生」1974年3月号
単行本:「てんとう虫コミックス『ドラえもん』」第6巻第18話(最終話)
大全集:第4巻第36話
アニメ化:1981年「帰ってきたドラえもん」、1998年「帰ってきたドラえもん」(映画)、2009年「さようならドラえもん」 ※いずれも『帰ってきたドラえもん』との合作

▲以下ネタバレ注意!


あらすじ

今日ものび太はジャイアンに追いかけられて命からがら家に逃げ帰ってくる。しかし、家に戻った途端ものび太は調子が良くなり、ドア越しにジャイアンにベーをしながら、ドラえもんに以前借りたけんかに強くなる道具をねだる。

いつもなら多少小言を挟めど貸してくれるはずのドラえもんであったが、しかしいきなり声を張り上げて、「ひとりで出来ないけんかならするな!」とのび太を叱りつける。ドラえもんの様子がいつもの違うことに気づいたのび太は、彼にそのことを尋ねる。

ドラえもんはもじもじしながらも、ゆっくりと話し始める、そう、彼は未来の世界へ帰らなければならず、そして二度と帰って来られないことを。

のび太は大泣きしてドラえもんの足を止め、のび助や玉子にもドラえもんを止めるよう言うが、逆に玉子からはドラえもんの都合も考えるようにと言われ、のび助からも男らしく諦めるよう促される。

その夜、お別れ会が終わった後、二人は同じ布団の上で最後の眠りにつこうとする。しかし、一向に眠れない。のび太も、ドラえもんも、彼が去らなくてはならない朝の時まで、ずっとお話していたかったのだ。道が月光に照らされる中、二人は夜の静まり返った住宅街へ散歩をしにいく。

その途中、空き地の手前にたどり着いたとき、ドラえもんは徐にのび太に話しかける。実は、未来世界へ行かなくてはならなくなった時から、ドラえもんはのび太が自分がいなくなっても本当にちゃんとやっていけるのかがとても心配だったのだ。それを明かしたドラえもんだったが、するとのび太は自信を持った顔で、心配はいらないんだと答える。

思わず出た涙を隠し切れなかったドラえもんは、独りで辺りを散歩してくると言って、のび太の下を離れる。のび太はドラえもんが自分に涙を見せたくなかったのだと悟り、彼への感謝の思いを心の中で唱える。

そんな中、そこに寝ぼけて徘徊するジャイアンに出会うのび太。ジャイアンは、自分がのび太とあろう者に夢遊病で徘徊していたところを見られたことに怒り、のび太に殴りかかろうとする。のび太は、思わず口から「ドラ……」と助けを呼ぶ声を出そうとしてしまったが、ドラえもんが空き地に戻って来ようとするのを見て、ジャイアンを土管の裏側へ連れ出し、彼に見つからないようにする。

けんかならドラえもん抜きでやろう。そう決心してジャイアンと対峙するのび太であったが、一発でジャイアンに向こうへ突き飛ばされてしまう。

一方、ドラえもんはのび太が先に家に帰ったのかと思って、自分も家に戻ったがそこにもいなかった。

その間も、空き地では激闘が繰り広げられていた。ジャイアンはのび太を完全にボロボロにして立ち去ろうとしていた。だが、それでものび太は負けを認めず、彼を引き留める。困惑するジャイアンであったが、再びのび太をコテンパンに殴りつける。

一時間経っても家に帰らないのび太に痺れを切らしたドラえもんは、彼を探しにもう一度夜の住宅街へと出る。

他方、空き地ではジャイアンが今度こそはと言わんばかりに、のび太を物も言えぬようにボロボロに仕立て上げていた。ジャイアンも疲れが溜まっており、これ以上はけんかは出来ず、いい加減諦めるようのび太に促して、空き地を去ろうとしていた。ところが、それでものび太は何も言わずに去ろうとするジャイアンの足に掴み掛って引き留めた。

ぼくだけの力で、きみに勝たないと……。ドラえもんが安心して……、帰れないんだ!

知ったことかとジャイアンは一発でのび太を突き飛ばす。しかしのび太はジャイアンを決して離そうとしなかった。

ようやくドラえもんが空き地にたどり着く。それは丁度懲りたジャイアンが己の負けを認め、退散しようとしている時だった。ボロボロの顔になりながらも、のび太はドラえもんの顔を見て、自分が勝ったんだ、これで安心して帰れるだろうと彼に告げる。ドラえもんは、のび太を負って家まで連れて帰り、 布団に寝かしつけ、彼が眠りに就くまでずっと見守っていた。

朝になると、のび太のそばにドラえもんの姿は無かった。

いつものようにのび太は起きる。でも、引き出しは空になっていた。ドラえもんはもういないということが分かった。

ドラえもん、きみが帰ったら部屋ががらんとしちゃったよ。でも……、すぐになれると思う。だから……、心配するなよ、ドラえもん。 


考察

この作品は、『ドラえもん』の最終回として知られる。しかし、一口に「最終回」と言っても、『ドラえもん』を語る中でのこの言葉は実は多くの意味を含んでおり、安易に使うと混乱してしまうので、一度この用語を整理したいと思う。

  • その世代の学年誌への連載の最終回…『ドラえもん未来へ帰る』『ドラえもんがいなくなっちゃう!?』『あの日あの時あのダルマ』『具象化鏡』など
  • その世代の学年誌への連載の最終回としての再録…『45年後……』
  • 原作漫画作品としての最後の作品…『こわ~い!「百鬼線香」と「説明絵巻」』『ガラパ星から来た男』『のび太のねじ巻き都市冒険記』
  • テレビアニメとしての最終回…『45年後・・・』『ドラえもんに休日を?!』『のび太のワンニャン時空伝』

順に説明していこう。

まず、そもそもドラえもんの原作漫画作品というものは、月に一回小学館が発行する学年誌「小学×年生」に掲載されたもので、単行本である「てんとう虫コミックス」には、その掲載作品の中から作者の藤本氏が自選したものが収録されている。

一方で、毎年4月になると、当然読者の学年が繰り上がるので、例えば「小学一年生」を読んでいた人は4月から「小学二年生」を読むことになるのだ。そして、「小学六年生」の3月号を読み終わると、次の学年誌はないのでそこで『ドラえもん』とはお別れになる。だから、学年誌を使って『ドラえもん』を読んでいる人からすれば、「小学六年生」3月号がその人たちにとっての『ドラえもん』最終回ということになる。「その世代の学年誌への連載の最終回」とは、そういう意味である。

さて、これに該当する作品としては、例示したようなものが挙げられる。そのうち、「小学四年生」(注)1971年と1972年の3月号に掲載された『ドラえもん未来へ帰る』『ドラえもんがいなくなっちゃう!?』の2話は、今回紹介した『さようなら、ドラえもん』と同じように、ドラえもんが未来世界へ帰らなくてはならなくなったという前提の下話が進んでいく。つまり、読者の『ドラえもん』へのお別れと同時に、ドラえもんものび太とお別れすることになるのだ。

(注)当時は『ドラえもん』の連載は「小学一年生」から「小学四年生」までであったので、「小学四年生」3月号が連載最終回となる。ただ、1972年3月号に掲載された『ドラえもんがいなくなっちゃう!?』の回を読んだ読者世代は、その後1973年度から『ドラえもん』の連載が「小学六年生」まで拡大したために、もう一度『ドラえもん』を読むことになる。ちなみに、連載が再開した最初の回(「小学六年生」1973年4月号)は『石ころぼうし』である。

でも、それ以外の『あの日あの時あのダルマ』や『具象化鏡』のような話は、そんな「のび太とドラえもんの離別譚」というストーリー展開はなく、割と「のび太の成長譚」としての色合いが強い。個人的に『ドラえもん』最後の作品として見るのなら、後者の方が好きだが、『ドラえもんがいなくなっちゃう!?』以降の『ドラえもん』の連載最終回は全て後者の類なので、もしかしたら作者の方針転換があったのかも知れない。

基本的に、各学年誌へ掲載される作品は、作者による「新作」であるはずなのだが、1986年以降は作者の体調不良もあって新作が書きにくい状態が続いたため、各学年誌の毎月号には過去に掲載された作品の「再録」という形が採られた。テレビでいうと再放送のようなものである。そして、それは連載最終回も例外ではなく、1989年と1991年の「小学六年生」3月号には、かつて1985年9月号に掲載された『45年後……』が再録された。なお、この『45年後……』も「のび太の成長譚」の類いになる。

『ドラえもん』の漫画の連載はいつまでも続くことはなかった。1980年代後半以降は作者の体調不良で連載のスピードが鈍化し、10ページ程度の短編の連載は、1991年4月号で「小学三年生」「小学四年生」に同時掲載された『こわ~い!「百鬼線香」と「説明絵巻」』が最後となった。ただ、その後も映画ドラえもんの原作となる「大長編ドラえもん」に関しては毎年執筆が続けられた。1994年7~9月号にかけては、「小学三~五年生」への同時連載の形式で、中編『ガラパ星から来た男』が連載された。

しかし、作者の藤本氏は1996.9.23に、『のび太のねじ巻き都市冒険記』執筆途中で亡くなり、これが遺稿となった。作者が直接書いた作品としては、これが最終回となる。

また、2005年4月に、これまで放送が続けられてきたテレビアニメが声優陣と製作陣を一新してリニューアルされることとなった。1979~2005年にかけてのこのテレビアニメシリーズは、大山のぶ代がドラえもんの声を務めていたため、大山版アニメと言われるが、そのシリーズの通常放送最終回(2005.3.11)としてアニメ化されたのが、『45年後・・・』であった。なお、この回のBパートは『ママネット』の再放送となっている。

その翌週(2005.3.18)は特番で、原作の『ドラえもんに休日を!!』をシリーズ最終回らしく大幅にアレンジした『ドラえもんに休日を?!』が放送され、これがアニメ本編の最終回となった。更に翌週(2005.3.25)には前年の映画である『のび太のワンニャン時空伝』が特番で放送され、これが最後の大山版アニメの放送となったのだ。


さあ、今までこの記事では、『ドラえもん』の最終回と呼ばれるものについて紹介してきたわけだが、実は今回のこの『さようなら、ドラえもん』は、上記のいずれにも当てはまらない代物である。

この作品は先述のごとく、「小学三年生」1974年3月号に掲載されたものであるが、実は作者藤本氏は当初これを執筆し始めた時点で、全ての学年誌で『ドラえもん』の連載を終了しようと考えていたのだ。だから、この作品は単にある特定の読者層のためだけの最終回ではなく、全ての『ドラえもん』読者のための最終回として考えられていた。なぜ作者が連載を打ち切ろうとしたのかというと、恐らくそれは次の作品シリーズの執筆に移行することを考えていたからではないかと言われている。

ただやはり、作者の作品に対する思いが強かったのか、一転して続編『帰ってきたドラえもん』が執筆され、『ドラえもん』の連載は継続することとなった。なお、これは『さようなら、ドラえもん』掲載時点で実は決まっていたことだそうだ。

それにしても、続編『帰ってきたドラえもん』以降の作品は、『ドラえもん』全作品のうちその割合実に8割近くにも及び、この作者の思いが無ければ『ドラえもん』は国民的漫画アニメ作品とはなっていなかったと感じられる。それくらい意義深い作品となっているのだ。

(2022.3.31)


前回:1987年版『日付変更チョーク』

次回:『帰ってきたドラえもん』

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